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RIE MAESAKA
出版社勤務後、独立。フリーランスのエディター&ライターとして、モード誌や女性誌のWEBサイトを中心に、ファッションやセレブ、ライフスタイルにまつわるページを手がける。おしゃれ古着プロジェクト「セカンドクローゼット」も発足。愛猫との日々を綴った猫ブログも好評連載中。


あのデザイナーは今?!【マイケル・ナイト編】

Photo_14ランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。

第15回は、第3シーズンの第4位入賞者【マイケル・ナイト】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

アトランタ州ジョージア出身のマイケルは、大学でアパレルデザインとマーチャンダイジングについて学び、学士号を取得。地元のアトランタでは音楽産業が大きいそうで、音楽がらみの仕事でと考えて、“ファッション”を選択したそうです。

 

ランウェイ出演時は28歳、歴代のデザイナーにはいない“ヒップホップ系”の容姿で、トータルコーディネートにセンスの良さが光りました。

番組の序盤では、印象に残るシーンが少なかったマイケルですが、キース・マイケルの失格後、ぽっかり空いた“セクシー&クール”枠を埋めるかのようにマイケルが台頭。すぐに優勝を2連発し、本国で行われた視聴者の人気投票では堂々の1位にランクインしました。

 

Photo_15

(写真左は“歴代ファッション・アイコン(パム・グリアー)の服をモダンにリフレッシュする”というテーマ。写真左は“ジェット機で世界を飛び回るセレブなった自分が着る服”)

 

その一方…。終盤では、審査員から経験不足やテイストを批評されるシーンもちらほら。ファイナルをかけた一戦では、“自分のデザインを表す言葉を3つ挙げる”という副題で、“セクシー、扇情的、官能的”と、非常にもったいない答え方をしたマイケル(ちなみに、ローラは“グラマー、自信、エレガンス”)。

確かにセクシーではありましたが、ニーナに言わせれば「セクシーすぎ」。露出の多すぎるB-girlのファッションは、プロジェクト・ランウェイとはややテイストが合わなかったようですね…。

 

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(マイケルのコレクション。テーマは、「ストリートサファリ」)

 

さて、そんなマイケルのその後です。

 

放送終了後、マイケルは多方面に活躍の場を広げます。まずは2007年、スターバックスとコラボして、特製Tシャツをデザインしています。ファンに何かしら届けたかったようですが、コレクションまで制作したデザイナーの第一歩が“Tシャツのイラストデザイン”とは、またしてももったいない感じでしょうか。

 

視聴者投票で得た賞金1万ドルですが、こちらは新しい香水ライン「MajK」の立ち上げ資金に利用したようです。

テレビ番組では「Real Housewives of Atlanta」に出演、「BET Hip Hop Award」ではファッションコメンテーターを務め、「Rip the Runway」(ファッションと音楽が融合したランウェイ・ショー。モデルがウォーキングする横で、ミュージシャンがパフォーマンスする…という内容)では、新ラインをお披露目しています。

 

2008年1月には、ランジェリーライン「I Like Kitty & Dick」を立ち上げ、華々しくデビューイベントまで行ったようですが…。現在、そのショップのホームページが削除されております。はたして、どうなってしまったのか…、吉報を待ちたいと思います。

 

セレブ関連では、ジェニファー・ハドソンやPatti LaBelleのドレスなどをデザインしているようです。

 

キャリア不足を指摘されたわりに、本業からそれた部分に資金や労力をつぎ込んでいるところがやや気になりますが、彼自身、あまり“こだわり”がないようにも思えます(唯一のこだわりは“セクシー”?)。そして、香水、ランジェリーときて、次はどこへ行ってしまうのか…。

 

以上、今後の動向が気になるマイケル・ナイトのその後でした。

2010.1.23|あのデザイナーは今?!、第3シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ローラ・ベネット編】

ローラ・ベネットランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。

第14回は、第3シーズンの第3位入賞者【ローラ・ベネット】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

ランウェイ出演前の職業は、建築家。5人の男の子の母親でありながら、クラッシーな雰囲気を保っているニューヨークのマダム。デザイン業界での経験はないものの、ローラの母親が裁縫の先生をしており、裁縫については母親から学んだそうです。

また、番組出演中に第6子の妊娠が発覚。大きなお腹を抱えながら、ワークルームで奮闘。6人目ともなると余裕なのか、露出の多い服から時折ぽっこりしたお腹が見えていました。

 

ローラ・ベネット42歳という年齢で、新たな業界へチャレンジしようとするアグレッシブな姿勢は、働く女性としては見習いたいところ。番組では、母親らしくデザイナー同士の仲介を務めながら、自身の作品を時間内にきっちりと仕上げるタフさも見せていました。

 

そんなローラのデザインは、エレガントでグラマラス。斬新なデザインが評価されるランウェイの中で、クラシカルすぎるローラのデザインはときに劣勢を強いられることもありましたが、全課題を通して仕立ての良さが評価され、安定的にファイナルへの出場を決めました。

 

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(ローラの作品。どれもローラに似合いそうなクラッシーなデザイン)

 

さて、そんなローラのその後です。

 

コンペ中に妊娠が発覚した第6子は無事に出産。現在も、夫と6人の子供たちとニューヨーク在住だそうです。

 

お仕事の方は、2008年2月にテレビショッピングQVCにて「Little Black Dress」コレクションを発表。現在もオンラインで販売中です。

 

また、その知性を活かして、オンラインニュースマガジン「The Daily Beast 」では、ファッションや育児に関するコラムを執筆。

現在は、建築家でありインテリアデザイナーでもあるだんなさまのデザイン会社で、パートタイムで働いているそうです。

 

以上、ローラ・ベネットのその後でした。

2010.1.21|あのデザイナーは今?!、第3シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ウーリ・ヘルツナー編】

ウーリ・ヘルツナーランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。

第13回は、第3シーズンの準優勝者【ウーリ・ヘルツナー】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

フロリダ州マイアミ在住。色や柄の組み合わせがみごとで、流れるような動きのあるドレスを得意とするウーリ。東ドイツのミュンヘン出身で、子供のころは物がなく、何でも自分で作っていたことが、ファッションへの道へつながったようです。

 

ウーリのインスピレーションの源はマイアミ。子供のころTVで「マイアミバイス」を見て、いつか住みたいと思っていたそう。

本人いわく、「色がないところで育ったから、その反動で、カラフルで動きのある服を作りたくなるのかも」とのこと。その通り、ウーリの作品は、マイアミの気候や海を連想させる、カラフルなものが多いですね。

 

ウーリの作品

(ウーリの作品。カラフルで流れるようなシルエットが特徴的)

 

そんなウーリのコレクションですが、会場に訪れたファッション関係者のインタビューでは、ウーリの評価がいちばん高かったのではないでしょうか?? ウーリらしさを残しつつ、新しい挑戦も見られ、いちばん“売れそうな服”が多かったようにも思えます。

審査からも絶賛の嵐でしたが…、“斬新さ”がもっとも評価されるランウェイでは、残念ながら、優勝はよりインパクトの強かったジェフリーの手に。

 

ウーリのコレクション

(ウーリのコレクション。テーマは「トロピカル・サファリ」)

 

さて、そんなウーリのその後です。

 

現在も引き続き、フロリダ州マイアミでデザイナー兼スタイリストとして活躍。作品は、フロリダ、カリフォルニアのセレクトショップのみで販売中だそうです。

 

また、ローカルTVチャンネル、Plum TVでウーリの番組「It's Very Uli」が放送中です。

 

ファッション・ウィークでの高評価を考えると、ブランドを大きく展開してもよさそうな気がするのですが…。そこはガツガツしていないウーリらしく、愛するマイアミでマイペースに活動することにしたようですね。フロリダへ行く機会があれば、ぜひショップを訪れたいと思います。

 

以上、ウーリ・ヘルツナーのその後でした。

 

★ウーリ・ヘルツナーのオフィシャルサイト
http://www.uliherzner.com/

2010.1.19|あのデザイナーは今?!、第3シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ジェフリー・セベリア編】

ジェフリー・セベリアランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。

第12回は、第3シーズンの優勝者【ジェフリー・セベリア】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

自身のブランド「コーザ・ノストラ」のデザイン・ディレクターを務め、ブリトニー・スピアーズ、ジェニファー・ロペス、エルトン・ジョンといったセレブ中のセレブを顧客に持つジェフリー。

本人いわく、「ファッション業界では成功している方だと思うけど、まだ俺の目指すとこまでは行ってない」とのことで、プロジェクト・ランウェイに参戦。

 

顧客の顔ぶれからすると、ずいぶんキャリアがありそうに思えるのですが…、デザインの勉強を本格的に始めたのは、30歳を過ぎてからだそうです。

 

20代のうちは、バンド活動に明け暮れていたジェフリー。本人の発言からすると、そうとうなジャンキーだったようで、ドラッグから立ち直った31歳のときに、デザインの勉強を始めて、開眼。(情熱家の彼らしく)すぐに自身のブランドを立ち上げます。

そして、2006年。第2シーズンのファイナリストであり、ジェフリーの友人でもあるサンティーノ・ライスの活躍をテレビで観て、ジェフリーも第3シーズンのオーディションを受けることに決めたようです。

 

ジェフリーの作品1ロックテイストの作品を得意とするジェフリーですが、そんな彼を印象付けたのは、まずは第2話の「戦場はアトラス・アパート」でしょうか…。

キャリアがあったせいか逆に力が入りすぎてしまい、空回りしてしまう結果に。そして、(本人も想定外だったと思いますが)審査員たちから“ワースト2”の烙印を押されてしまうことに…(ヘンテコ帽子のヴィンセントより評価が低かったのは、やや疑問ですが)。

 

しかし、これがきっかけでジェフリーは発奮。意外と人の評価を受け入れるタイプのようで、自身の強い個性とテーマをうまく融合させることに成功し、後半は2回も優勝を手にしました。

 

ジェフリーの作品2

(斬新で、見る人をあきさせないジェフリーの作品)

 

そんなジェフリーのコレクションですが、インスピレーションの源は“日本の怪談話”。

ローラの内部調査が入ったり、予算(8000ドル)をオーバーしたり、出場が危ぶまれるシーンもありましたが、無事ランウェイ・ショーを終えて高評価を獲得。独自のスタイルが評価され、みごと第3シーズンの覇者となりました。

 

ジェフリーのコレクション

(ジェフリーのコレクション。テーマは「ジャパニーズ・ゴースト」)

 

さて、そんなジェフリーのその後です。

 

自身のブランド「コーザ・ノストラ」を引き続き展開。2008年には、比較的安価なライン“God Vig”が新たにブランドに加わっています。

 

ランウェイで得た賞金は、ブランド立ち上げの際にできた借金返済で、ほとんどなくなってしまったそうです。その後、大きな仕事が入ることもなく、相変わらず自身のブランドの服作りに専念しているとか。

 

2007年には、ティーン映画「Bratz」の衣装デザインも手がけています。

 

こちらは余談ですが…、番組内で“ランウェイに立つモデルって、ケーキの上のさくらんぼだよ”なんて発言していたジェフリーですが、その後、そのさくらんぼちゃんとデキてしまったとか、いないとか。ちなみに、現在はガールフレンド(と息子)とは別居中だそうです。

 

クライアントは、ブリトニー・スピアーズ、ジェニファー・ロペス、ローリン・ヒル、エルトン・ジョン、マリリン・マンソン、スティーヴン・タイラーなどなど。

 

以上、やんちゃなジェフリーのその後でした。

 

★コーザ・ノストラのオフィシャルサイト
http://www.cosanostrainc.com/

2010.1.16|あのデザイナーは今?!、第3シーズン|コメント(1)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【サンティーノ・ライス編】

サンティーノ・ライスランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第11回は、第2シーズンの3位入賞者【サンティーノ・ライス】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

サンティーノの作品1ティムいわく、「第2シーズンのやりすぎキャラ」。第1回のテーマで優勝したことが裏目に出たのか、前半戦はやや傲慢な態度で悪目立ちしてしまったサンティーノ。

確かに素晴らしい作品でしたが、その後、全課題において自分の優勝を疑わず、ランウェイ上で悪態を付くシーンもしばしば…。

(写真は、シーズンの初優勝を飾った「デザイナーとしての自分を表現する服」)

 

また、デザイン面でも時に“やりすぎる”ことがあり、ワースト3に残されて苦渋を味わったことも。審査員に酷評されると、その場では過激な発言を繰り返す彼でしたが、その後ナイーヴな一面もチラリ。

 

サンティーノの作品2

(“ゴテゴテ飾り付けて、やりすぎ”と酷評されたサンティーノの作品。写真左から「ランジェリー」「フィギュアスケート選手のコスチューム」「イヴニング・ドレス」。…実は、メルヘン大好き?)

 

「新しいサンティーノ」そして、意外とやさしい一面もあるサンティーノ。第9話の「ライバルに似合うスタイル」では、カーラへの仕打ちがヒドイことばかりがクローズアップされていましたが、一方で彼女の服作りをかなり助けてあげてましたよね。生地選びはほぼサンティーノのセンスだし、あの作品は、ある意味サンティーノ自身が作った“よいサンティーノ”の姿だったような気がします。

(写真は、カーラが制作した“新しいサンティーノ”)

 

ファイナル・ランウェイでも紹介されていましたが、ランウェイ出演前はずいぶん苦労をしたようですね。ニッキー・ヒルトンの回で優勝したとき、“バービーはお金を持ってないし、こっちの課題で優勝できてよかった”などと問題発言していましたが、今となっては一度貧乏を味わった彼ゆえに出てしまった失言のような気もします。

 

さて、そんなサンティーノのその後です。

 

まずは、2006年。「ミス・ユニバース2006」で審査員を務め、モデル版リアリティー・ショー「America's Most Smartest Model」にもゲスト出演しています。

また、MTVのVJスーチン・パクが2006年のMTVアワードで着たドレスも制作しています。

 

少しとんで、2008年にはタバコ「Camel」の新パッケージデザインを手がけています。

2009年には、ドラッグクィーンのル・ポールがホストのリアリティー番組「Drag Race」に審査員として出演。また、2010年公開予定のゾンビ・スリラー映画「L.A. Zombie」(インディー系ゲイ・ポルノ映画)にジャンキーのホームレス役で出演しています。現在は、ハリウッド在住で、自身のブランド立ち上げ準備中とのこと。

 

以上、その二面性が観る人を惹きつける、サンティーノ・ライスのその後でした。

 

★サンティーノ・ライスのオフィシャルサイト
http://www.santinorice.com/blog/

2010.1.12|あのデザイナーは今?!、第2シーズン|コメント(1)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ダニエル・ヴォゾヴィック編】

ダニエル・ヴォゾヴィックランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第10回は、第2シーズンの2位入賞者であり、優勝回数過去最多の【ダニエル・ヴォゾヴィック】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

ランウェイ出演時のダニエルの肩書きは、“ファッションスクールの卒業生”。番組の開始当初、彼がここまで躍進するとは、誰も想像してはいなかったのではないでしょうか? バトル前半では、“通過”を狙い、そつなくこなしている印象を受けたダニエルですが、回が進むにつれてやる気&デザインともにアグレッシブに。

 

ダニエルの作品1

(バトル前半でのダニエルの作品)

 

ダニエルの作品2

(後半は、課題のユニークさに加えて、ダニエル自身もアグレッシブに。写真左は、“蘭”からインスピレーションを得て作った服、右はフラワーショップにある素材だけで作った服)

 

ダニエルのデザインですが、こうして並べてみると、洗練されたシックなデザインには一貫性がありますね。

優勝回数は過去最多の5回、順調に駒を進めて、念願のファイナル・ランウェイへの出場権を手にしました。過去のファイナリストたちと比べると、年齢やキャリアといった点ではまだまだひよっ子だったダニエル。ある意味、もっともビッグ・チャンスをつかんだのは彼だったのではないでしょうか?

 

さて、そんなダニエルのその後です。

 

放送後のインタビューで、「独立することもできると思うけど、焦りたくない」と語っていたダニエル。番組での経験を咀嚼しつつ、じっくり次の道を模索する冷静な一面も伺えました。

事実、番組の放送により知名度は高くなったものの、肩書きとしてはまだ“デザイン学校の卒業生”のまま。年齢や経験を考慮して、“レーベルを立ち上げるのは時期尚早”と思い至ったダニエルは、自身のスキルを磨くため、さらに勉強を続けます。

 

ようやく動き出したのは、番組への参加から約1年が経過した2007年12月。ホテルチェーンNYLOのスタッフユニフォームをデザインしています。また同社が展開するブランドのバッグやスエットなどもデザインし、作品はホテルで一般向けに販売もしているそうです。

 

2008年10月には、著書「Fashion Inside Out」を出版。内容は、デザインの制作過程を紹介したり、デザイン業界で活躍する著名人(ダイアン・フォン・ファステンバーグやトッド・オールダム、ニーナ・ガルシアなど)のインタビューが収録されていたり…かなり分厚い1冊です。前書きはティム・ガンが寄稿しています。

 

そして、2009年8月。ダニエルは、アメリカで放送されたプロジェクト・ランウェイのスペシャル番組「プロジェクト・ランウェイ オールスターチャレンジ」に参加。

番組の内容は、歴代の出演者数名が再集結して、3点のコレクションを制作するというもの。第2シーズンの参加から早くも3年が経過し、その間での成長ぶりを作品に注ぎ込んだダニエル。結果はネタバレにつきここでは触れませんが…、“自信”を付けた彼の作品は審査員の絶賛を浴びました。

 

今後は、2010年2月に自身のブランドを立ち上げて、NYファッションウィークで初コレクションをお披露目する予定だとか。

 

以上、これからの活躍が期待されるダニエルのその後でした。

 

★ダニエル・ヴォゾヴィックのオフィシャル・サイト
http://www.danielvosovic.net/

2010.1. 9|あのデザイナーは今?!、第2シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【クロエ・ダオ編】

クロエ・ダオランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第9回は、第2シーズンの優勝者【クロエ・ダオ】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

8人姉妹の末っ子としてラオスで生まれたクロエは、ヴェトナム戦争の影響で、7歳の頃アメリカへ移住。ヒューストンで育ち、ニューヨークのデザイン学校を卒業後、6年間NYにある洋服メーカーでデザインアシスタント兼パターンメーカーとして働きます。

その後、地元ヒューストンへ戻り、2000年夏、自身のブランド「LOT8」のブティックをオープン。ビジネスが軌道に乗ったところで番組へ参加することになりました。

 

モダンで洗練されたデザインが持ち味のクロエ。そんな彼女を強く印象付けたのは、やはり第1話の2戦目“リメイクチャレンジ”でしょうか?

課題の内容は、「今自分が着ている洋服をリメイクする」というもの。デザイナーのなかでいちばんシンプルな洋服を着ていたクロエは大きなハンディキャップを負いますが、趣向を凝らしてみごと“より素敵なドレス”を完成させます。審査ではアイデア、センス、技術力と三拍子揃って評価され、初優勝を飾りました。

 

クロエの作品

 

また、ランウェイ出演前からある程度の成功を収めていたクロエですが、“すでに成功してる”という理由でデザイナー仲間から脱落候補者に挙げられたことも。このときの悔しい思い出がファイナル進出への意欲を駆り立て、みごとセカンドシーズンの優勝を制することになりました。

 

クロエのコレクション

(クロエのコレクション。テーマは「若者から大人まで、女性に優しい服」)

 

さて、そんなクロエのその後です。

 

前シーズンのファイナリストたちと違い、すでにブティックを持っていたというのがクロエの大きな強みになりました。事実、放送終了後、クロエのブティックは大繁盛し、2006年3月には売り場を広げてビジネスを拡大しています(ちなみに、ブティック名の「LOT8」は、クロエの姉妹の人数にちなんだもの)。

 

2007年1月には、スミソニアン美術館の展覧会“Exit Saigon, Enter Little Saigon”で、クロエのデザインが展示されることに。

同年春には、スキンケアブランドのDove“Sleeveless Ready(ノースリーブ脇の下お手入れ!?)”キャンペーンの特別スポークス・パーソンに選ばれたり、NYファッション・ウィークではティム・ガンとともにパネリストとして参加したり、徐々に活躍の場を広げていきます。

 

デザイン業も順調のようで、5月には、テレビショッピングQVCで「Simply Chloe Dao」ラインを販売し、これが番組放映中売り切れになるほどの人気に。

この他、バッグや小物ケースのデザインにも挑戦。トラベルバッグや携帯機器ケースのメーカーNuo Techとパートナーシップを組み、クロエがデザインしたバッグやiPhoneケースなどがTarget、Circuit City、Office Depot などの大型チェーンで販売されています。

 

2008年3月には、ダラス・マーケット・センターに"DAO Chloe DAO"をオープン。LOT8の商品は、現在もオンラインで販売中です( http://www.lot8online.com/ )。

 

以上、地元ヒューストンを愛し、着実にビジネスを拡大しているクロエのその後でした。

 

★クロエ・ダオのオフィシャルサイト
http://www.chloedao.com

2010.1. 7|あのデザイナーは今?!、第2シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【クリス・マーチ編】

クリス・マーチランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第8回は、番外編! ファッション・ウィークへの出場権は惜しくも逃したものの、敗者復活からセミファイナルの舞台まで上りつめた【クリス・マーチ】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

第4話の「トレンドセッター」で早々に脱落するも、ジャックの途中棄権(体調不良による)によりカムバックしたラッキーボーイ。そして、ツキを活かして奮起した結果、数々の難題を勝ち抜いて、見事セミファイナリストに。

 

そんなクリスの個性が活かされた課題は、「闘う女の勝負服」でしょうか…? 課題の内容は、「女性プロレスラーのリングウェアを作る」というもの。はじめての経験にデザイナーたちが苦戦するなか、クリスは“コスチューム”という得意分野で力を発揮して、みごと初優勝を飾りました。

 

女子プロレスラーのリングウェア

 

(写真左が優勝したクリスのリングウェア。写真右は「リングウェアでない上に下品」という理由で脱落したリッキーの作品)

 

そして、もう一つ忘れられないのが、ファイナル用に制作した“人毛”を使ったコレクション。

ダーク・クリスが全面に出た作品で、ジョン・ウォーターズを思わせるおどろおどろしさにギョッとしましたが、デザインは洗練されていて、クリスの新たな一面を見ることができました(でもやっぱり奇抜すぎたのか、ファイナル出場権はラミの手に)。

 

クリスのコレクション

 

(クリスの“人毛”コレクション。ふわふわとした毛皮のように見える部分が人毛)

 

さて、そんなクリス・マーチのその後です。

 

もともとは、サンフランシスコでコスチューム・デザイナーとして活躍し、主にロングラン・ミュージカル「BEACH BLANKET BABYLON」の舞台衣装を手がけていたクリス・マーチ。

服飾の勉強は独学でありながら、MACY’SやVIRGIN、ディズニーなどのクライアントを獲得し、さらなる活躍を期待してNYへ移住。そんななかでのランウェイ出場でした。

 

番組終了後、まずは25年間で制作した作品をまとめた写真集「I Heart Chris March」を出版。クリスのホームページでしか購入できないようですが、ご興味のある方はぜひ。

 

そして、これはあまり喜ばしくないニュースですが…。2009年8月、彼が手がけたビヨンセの衣装デザインへの報酬が支払われていないこと対し、デザイナーのThierry Mugler(ティエリー・ミュグレー)を訴えたことが記事になりました。

もともと二人は長い付き合いのようで、クリスはティエリーから(先に挙げたクライアントなどの)大きめの仕事をもらっていたみたいですね。今回のビヨンセの一件も同様で、プロジェクト・ランウェイへの出演後、やや名前の売れたクリスが反乱を起こしたのでしょうか…? 無事に収束することを祈ります。

 

クライアントは、シルク・ドゥ・ソレイユ、マドンナ、ビヨンセなどなど。現在は、NY在住で、引き続きコスチューム・デザイナーとして活躍中のようです。

 

以上、やや短めですが、クリス・マーチのその後でした。

 

★クリス・マーチのオフィシャルサイト
http://www.chrismarchdesign.com/

2009.12.29|あのデザイナーは今?!、第4シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ジリアン・ルイス編】

ジリアン・ルイスランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第7回は、第4シーズンの第3位入賞者【ジリアン・ルイス】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

パーソンズ・スクールの卒業生で、在校中はCFDA(アメリカファッション協議会)のスカラシップを受けた経験もあるジリアン。ラルフローレンでデザイナー兼イラストレーターを務めた後、ランウェイへの出演を決意します。

 

番組の前半戦では、個性の強い女性陣の中で埋もれ気味のジリアンでしたが、回を増すごとに緻密で美しいデザインが注目され、女性では唯一のファイナリストに。

 

ジリアンの作品1

 

(ジリアンの作品。シンプルだけど、主張がキラリ)

 

そんなジリアンを印象づけた課題は…、優勝こそ逃したものの“ハーシーズ”でしょうか? デザイナーたちが“食べ物”を素材にするのを敬遠するなか、彼女だけは果敢に挑戦し、みごと手の込んだ美しい“グミ”のドレスを作り上げました。

 

ジリアンの作品2

 

また、ファイナルのコレクションでも伺えましたが、ジリアンのインスピレーションの源は“アート”。絵画や建築物などからイメージを広げて、洋服を作ることが多いそうです。

 

ジリアンのコレクション

 

(ジリアンのコレクション。テーマは「中世の騎士」)

 

さて、そんなジリアンのその後です。

 

ランウェイに出演する前から、パートナーとともに自身のブランドを展開する計画を立てていたジリアン。

実際、番組への出演が絶好のPRの場となり、コンビは正式にブランドを立ち上げます。2008年の秋コレクションをデビュー作品として、その後もコンスタントにコレクションを発表しています。

 

現在、ジリアンのオフィシャルサイトには、2010年春コレクションの写真が掲載されていますが、少し雰囲気が変わりましたかね…? フェミニンさが抑えられて、ちょっとエッジーになった気がします。

 

公表されているお仕事としては、2008年8月に、ブラザー・ミシンとビジネス提携し、ブラザーミシンの良さをアピール。9月には、NYのグッゲンハイム美術館で講演を行っています。

また、ジリアン自身、17歳の時までダンスをしていたそうで(その後、デザイナーに転向)、同じくグッゲンハイム美術館で行われたダンスイベントの舞台衣装も手がけています。

 

この他、世界トップクラスの気鋭デザイナーが集まるオンライン・セレクトショップにて自身のコレクションを販売したり、2009年秋と2010年春にはナスダックのクロージングベルを鳴らしたり…。正直なところ、セルフ・プロモーションがやや弱点な気もしますが、進化し続けているデザインには今後も注目したいところです。

 

以上、まだ飛躍の余地を残しているジリアン・ルイスのその後でした。

 

★ジリアン・ルイスのオフィシャルサイト
http://www.jillianlewisny.com/

2009.12.29|あのデザイナーは今?!、第4シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ラミ・カシュウ編】

ラミ・カシュウランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第6回は、第4シーズンの準優勝者、【ラミ・カシュウ】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

番組出演の前から、コレクションを発表したり、ジェシカ・アルバやクリスティーナ・アギレラなどのセレブを顧客にしていたラミ。ドレープ使いが巧みで、一流の技術を持つ彼ですが、実はデザインの勉強はほぼ独学なんだとか。

 

エルサレムで生まれラマラで育ったラミは、高校を卒業後、20歳の時に渡米します。そして小売店で数年働き、買い付けなどを経験しながら、自分でパターンメイキングの勉強を始めたそうです。その方法は本人いわく、「洋服を買って、分解して、しくみを調べた」とのこと。

そんな勉強を3年ほど続けた後、彼は自身のコレクションを制作し始めます。これがのちに、ロスのさまざまなブティックに置かれ、サクセスロードを歩むことに。

2003年にはLAファッション・ウィークに参加、In StyleやPeopleなど大手雑誌にも取り上げられ、TV番組の衣装を手がけたり、さまざまなファッション団体から評価を受けた後、満を持してのプロジェクト・ランウェイ出場となりました。

 

イケメンで冷静沈着。女子率が高く喧々諤々(けんけんがくがく)しがちなランウェイにおいて、視聴者のオアシスでもあったラミ。作品同様、彼自身にもエレガントな品格がありましたね(ときどき、小さいところもありましたが)。

 

ラミの作品1 そんな彼の実力を印象付けたのは、やはり、第1回のフリーテーマ(自分を表現する服を作る)でしょうか? 見事なドレープ使いで審査員をうならせ、第4シーズンの初優勝を飾りました。

 

その後も、バラエティに富んだ各課題で結果を収め、着々とランウェイを勝ち進むのですが…。一方で、彼の個性であると同時に、伝家の宝刀でもある“ドレーピング”を多用し過ぎたせいか、「もう見飽きた」「他はないのか」と審査員の評価が厳しくなる一幕も。

 

そして、ファイナルをかけた大一番で、またしてもドレープをあしらった作品を提出したラミ。あくまでも自分を貫こうとする姿に、第1シーズンのオースティンがオーバーラップし、一瞬ひやっとしましたが、審査員も困り果てたのか、“クリスマーチとの最終決戦”という形で収束することになりました(ほっ)。

 

ラミの作品2

 

(ドレープ大好き)

 

「ハーシーズ」のお店にあるアイテムだけで作った服ちなみに、ラミ本人のお気に入り課題は、“メトロポリタン美術館”と“ハーシーズ”だそうです。美術館は、早朝の静まり返ったメトロポリタン美術館がとっても神秘的で、今でも忘れられないそう。

ハーシーズの方は、「優勝したからっていうのもあるけど、それよりも自分があんな作品を作れるなんて思っていなかったから」だとか。確かに、“エレガントな作品”というイメージが固まっていたラミですが、こんなキュートなドレスも作れるのかと新鮮な驚きがありましたね。

(写真は、「ハーシーズ」のお店にあるアイテムだけで作った服)

 

さて、そんなラミのその後です。

 

番組終了直後、ファイナルの結果について、本人は“優勝こそ逃したものの、素晴らしい評価と自分のスタイルを得ることができた”と語っています。

「“優勝”することだけが成功じゃない。今後、違う形で勝つことはできるから。クリスチャンはすばらしいデザイナーだと思うよ。だけど、好みの問題もあるから。(ゲスト審査員の)ヴィクトリア・ベッカムは、たぶん、僕のデザインは好みじゃなかったんだろうね。とにかく、僕の作品は評価された、今はやっと解放された気分だよ」。

 

そして、前シーズンのファイナリストたち同様、番組への出演は大きなアドバンテージになったようです。

まずは、大手通販会社(TV、インターネット、カタログのマルチ・チャンネル)のHome Shopping Networkでオリジナル作品を販売。それが好評だったようで、現在は既製服の販売へ向けて交渉中のようです。

また、ウェディングドレスとカクテルドレスのオーダーメイド作品も数多く制作。ラミのコレクション(とくに、イヴニングウェア)を見た人からの反響が大きく、需要が増したとのこと。

 

その他、ハイジからも何点かドレスの制作依頼があったり、女優のマリン・アッカーマンが映画『ウォッチメン』のプレミアで着たドレスを制作したり、番組の出演前からセレブのドレスを制作していたラミですが、放送終了後はそれが2倍に増えたんだとか。

 

また、詳細は明かせないようですが、政治的に影響力のある人物と仕事をしているところで、その人物ために何かを作っているんだとか(何のこっちゃですね)。

 

現在はコレクション作品を制作中で、今後の野望としては自身のブティックを持ち、イヴニングウェアやブライダルドレスを中心に販売したいとのこと。あと、中東への進出も考えているようです。

 

クライアントは、ジェシカ・アルバ、クリスティーナ・アギレラ、エイミー・スマート、ペネロペ・クルス、ハイジ・クラム、ジェニファー・ロペス、ファギー、エリカ・バドゥなどなど。

 

以上、今後の活躍が楽しみなラミ・カシュウのその後でした。

 

★ラミ・カシュウのオフィシャルサイト

http://www.ramikashou.com

2009.12.28|あのデザイナーは今?!、第4シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【クリスチャン・シリアーノ編】

クリスチャン・シリアーノランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第5回は、第4シーズンの優勝者、【クリスチャン・シリアーノ】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

ランウェイ史上最年少(当時21歳)の出場者であり、優勝者でもあるクリスチャン。ファン投票でもぶっちぎりで1位に選ばれ、本人も実に堂々としたものです。余談ですが、彼は子供の頃バレエをやっていたそうですね。タレント並みの自己演出能力にも納得です。

 

13歳の頃にデザインに興味を持ち始めたクリスチャンは、ロンドンへ留学し、自身が大好きなヴィヴィアン・ウエストウッドやアレキサンダー・マックイーンといったデザイナーの元でインターンとして経験を積みます。その後、NYへ戻り、ヘア・メイクのお仕事をしていた時に、ランウェイのオーディションを受けることになったそうです。

 

彼の作品は、ヨーロピアンテイストで、ひとめで彼のものとわかるものばかり。一般向けというよりは、デザイナー然としたハイ・ファッションな作品が多く、彼のオフィシャルサイトに並ぶ作品にもそのオーラが漂っています。

 

クリスチャンの作品

 

(番組でクリスチャンが制作した作品)

 

実は、イタリア系とドイツ系の血をひくクリスチャン。彼のひいおばあさんがイタリア人で、毛皮商人をしていたそうです。また、シリアーノの家系にテーラーが多く、ドイツ系の家系はハードワーカーが多いそうで、本人は「自分のスキルや才能は、その血を受け継いだもの」と語っています。

 

アヴァンギャルド そんなクリスチャンの印象的な対戦はというと…、第4シーズン第8話の「アヴァンギャルド」でしょうか? 課題の内容は、「モデルのヘアスタイルからイメージを広げて、“アヴァンギャルド”な服を作る」というもの。

彼の個性が遺憾なく発揮されるテーマであり、コスチューム・デザイナーのクリス・マーチとチームを組んだことも功を奏して、審査員の絶賛を浴びました。

 

さて、そんなクリスチャンのその後です。

 

本国での放送終了後(2008年3月)、怒涛のメディア出演が始まります。

まずは5月に、日本でも人気のドラマ「アグリー・ベティ」に、本人役で出演しています。“プロジェクト・ランウェイの優勝を受けて、大手ファッション誌が彼を奪い合う”…という何ともVIP待遇な設定です。

続いて、6月にはR&Bシンガー、エステルのPV("No Substitute Love.")に出演。この他、マタニティーウェアにも挑戦。Moody Mamasというマタニティウェア専門ブランドで、「Fierce Mamas」というラインを立ち上げて作品を販売しています。

 

そしてお次は、待ちに待ったクリスチャン自身のファッションライン「Christian V. Siriano」のお披露目です。11月のNYファッション・ウィークには、2009年の春コレクションを引っさげて登場。その後も、NYファッション・ウィークには立て続けに参加しており、スポンサーにはLG、Sprint、Victoria's Secret、Cibu International、Avedaといった有名企業が名を連ねています。

 

2009年8月には、ヘア・メイクアーティストとしての経歴を活かし、米大型ランジェリーチェーンのVictoria's Secret のメイクアップ製品をプロデュース。9月には、大型ディスカウント靴店のPaylessで靴・バッグを発表。10月には、自著「Fierce Style: How to Be Your Most Fabulous Self」を出版。今秋、全米をプロモーションツアー中だそうです。

 

クライアントはヴィクトリア・ベッカム、ハイジ・クラム、バネッサ・ウィリアムズ、トリ・スペリング、ウーピー・ゴールドバーグなどなど。

現在は、プロジェクト・ランウェイのスピンオフとして、クリスチャンが自身の店を構えるまでを追うBravoの新番組制作の話が進んでいたり、2010年公開映画「Eloise in Paris」(主演:ユマ・サーマン)の中でファッションショーのシーンの衣装を担当していたり、しばらくは話題に事欠かない様子です。

 

それでは、最後のしめくくりに、われらがティム・ガンの言葉を。

 

“私たちは、アメリカを代表する偉大なファッションデザイナーを見つけた。彼は次のマーク・ジェイコブスだ”

 

以上、ランウェイ史上もっとも成功しているデザイナー(?)クリスチャン・シリアーノのその後でした。

 

★クリスチャン・シリアーノのオフィシャルサイト
http://www.christianvsiriano.com/

2009.12.28|あのデザイナーは今?!、第4シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【オースティン・スカーレット編】

オースティン・スカーレットランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第4回は、番外編!

ファースト・シーズンは惜しくも4位という結果でファイナリスト入りは逃しましたが、視聴者投票で堂々の1位になった【オースティン・スカーレット】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

オースティンの作品オースティンといえば、そのロココで乙女なキャラに、度肝を抜かれた人も多いのでは?? もちろん、彼のデザインもロココで乙女。ヒラヒラのドレスを作らせたら右に出る者はいません。

しかしその一方で、ランウェイで出されるさまざまな課題に対し、“オートクチュール”一辺倒で応えるという姿勢が、時として審査員の低評価を招くことに…。

 

オースティンの印象深いシーンをひとつ挙げるとするならば…やはり、ファイナルをかけた大一番、「グラミー・チャレンジ」の回でしょうか?

この回のテーマは、レポーターのナンシー・オデールがグラミー賞で着るドレスを制作する、というもの。ニューヨークコレクションへの出場権をかけた大事な課題であるにもかかわらず、クライアントの「“グラマラス”ではなく、“ヒップでロックな感じ”」というリクエストを聞き流し、自身の個性を貫いたオースティン。

視聴者の大半は、ウェンディではなく、あなたのコレクションを見たかったはず。なのに、あなたは実にグラマラスな作品を制作してくれました。マイケル・コースにも、「彼をオートクチュールの世界から引っ張り出すのは無理だね」と三行半を突き付けられ、残念ながら脱落してしまいますが、最後に残したコメントは感動ものでした。

 

さて、そんなオースティンのその後です。

 

もともと、オートクチュールやイヴニングドレスのデザインを専門にしてきたオースティン。番組中でもその個性が揺らぐことはありませんでしたが、放送終了後はさらにその道を極めることにしたようです。

2005年秋、2006年春には、自身のオートクチュール・コレクションを発表します(作品の写真は、オースティンのオフィシャルサイトに掲載されてます) 。また、ファッションデザイナー/コメンテーターとして、メディアにもしばしば登場し、テレビ番組では、MTVやE!、ディスカバリーチャンネル、NBCなどに出演し、さらには、その個性が受けて、サタデー・ナイト・ライブでパロディーまでされたようです。

 

そして、2006年1月。ニューヨークで展開するブライダルデザインハウス「Amsale」の高級ウェディングドレスシリーズとして有名な「Kenneth Pool」のクリエイティブ・ディレクターに就任します(こちらのドレスは、2008年、クォン・サンウと結婚した韓国女優ソン・テヨンが着て話題になりました)。しかし、2009年4月4日付のInStyle Weddingの記事によると、2009年、Kenneth Poolはオースティンとさよならして、新しくスワロフスキーとパートナーシップを組んだそう…残念です。

 

Amsale を去った後のオースティンは、ニューヨークを拠点にステージ衣装を制作し、最近ではダンス/ロックオペラ「Remember Me」のコスチューム・デザインなどを手がけています。また、2009年9月には、ニューヨークメトロポリタンオペラのオープニング日に姿を現したオースティンの写真がLIFE誌に掲載されています。

 

以上、ランウェイ後もわが道を邁進するオースティン・スカーレットのその後でした。

 

★オースティン・スカーレットのオフィシャルサイト
http://www.austinscarlett.com

2009.12.15|あのデザイナーは今?!、第1シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ウェンディ・ペッパー編】

ウェンディ・ペッパーランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第3回は、ファースト・シーズンの第3位入賞者であり、デザインよりもその強烈なキャラクターで視聴者に印象を残した(?)、【ウェンディ・ペッパー】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

ウェンディの出演時のプロフィールは、“ドレスメーカーで一児の母”。年齢は最年長(39歳)ということもあって、表向きはデザイナー陣の中で母親的な役割を果たしていたのですが…。回を重ねるごとに、どんな手を使ってでも勝ち残ろうとする裏の顔がバレて、みんなから総スカンを食うことに。

 

ウェンディの作品1 彼女のデザインはというと…。正直、第1話のテーマ(“スーパーマーケットで手に入る材料を元にして作る、夜遊びにも行けるような素敵なドレス”)で落とされるのはウェンディかと思っていました(実際は、素材にもドレスにも目新しさが見つからなかったという理由で、ダニエルが脱落)。だって、ダニエルはまだ“服”になっていたけど、ウェンディの作品は果たしていったい何と呼んだらよいのか…。

 

(写真は、ウェンディ作“夜遊びにも行けるような素敵なドレス”)

 

ウェンディの作品2以降も、ウェンディは何度かワースト2に残りピンチを経験しますが、その一方で、自分の得意分野できっちりと結果を残し(クライアントから依頼を受けて制作するタイプのテーマ。“バナリパ”や“グラミー賞のドレス”など)、気がつけばファイナリストに。仲間の受けは悪くても、クライアントの受けは良かったようですね。

 

(写真は、高評価を得て、バナリパで商品化された“リゾートウェア”)

 

さて、そんなウェンディのその後です。

 

放送終了後、さらなる成功を求めたウェンディは、家族で引越しをし、バージニア州のミドルバーグに自身の作業場兼ショップをオープンさせます。

そこで顧客層を“花嫁の母”に絞り、花嫁の母が結婚式に着る服を中心に制作を始めます。ウェンディいわく「この分野に特化したブランドは今までになかった。この分野こそ自分を活かせるし、需要もある」とのこと。

 

一方、プライベートでは、2番目の夫と離婚。その理由について、彼女がニューヨーク・ポスト紙に語ったところによると、「番組への出演によって、私は変わった。そして、次のステップへ進むときに“夫とともに”ということが難しくなってしまった」とのこと。その後も、地方紙の一面を飾ったり、ワシントン・ポストなどの大手新聞紙に登場しています。

そういえば、ウェンディは、「プロジェクト・ジェイ」にも出演していましたね。所在なさげな感じで、さすがにかわいそうでしたが…。

 

また、ほどなくして、ウェンディはBravo局へカムバックします。まずは、ゲームショー「Celebrity Poker Showdown」。セレブによるポーカーの勝ち抜き式リアリティ番組といったところでしょうか。もうひとつは、リアリティ番組出身のスターが集う「Battle of the Network Reality Stars」。こちらもいわずもがな。本業の“デザイン”でお呼ばれしていないというところに、一抹の寂しさを感じます。

 

ということで、本業のデザイナーとしての活動にも触れておきましょう。

 

ウェンディは、2006年、ワシントンDCにて番組後初となるファッションラインを発表します(作品は、ウェンディのオフィシャルサイトに掲載されてます)。2007年には、既存ラインではありますが、オハイオ州のクリーブランド・ファッションウィークに参加。

その後、第2弾のファッションラインとして、「Pretty World」を発表。番組後にオープンした店は残念ながら閉店していますが、自宅近くの“Highcliffe Clothiers”というショップで販売中だそうです。

 

以上、ファッション関連のニュースがやや少ないのが残念なウェンディ・ペッパーのその後でした。

 

ウェンディ・ペッパーのオフィシャルサイト
http://www.wendypepper.com

2009.12.13|あのデザイナーは今?!、第1シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【カーラ・ソーン編】

カーラ・ソーンランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第2回は、ファースト・シーズンの準優勝者、【カーラ・ソーン】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

セクシー&スタイリッシュなデザインを得意とするカーラは、胸元の大胆なカッティング、女性の身体のラインを引き立てるフィット感のあるシルエットが特徴的で、どの作品も完成度の高いものばかり。業界でのキャリアも長く、別名はミス・プロフェッショナル。第1シーズンでは、その確かな実力で4回も(!) 優勝をモノにしました。

 

カーラ・ソーンの作品

 

(写真左から、「スーパーマーケットにある材料だけで作った服」「コットン(綿)で“ジェラシー”を表現した服」「バナリパの新作リゾートウエア」。)

 

カーラとウェンディ カーラのキャラクターといえば、“中立を保つ、よき姉御”でしょうか?? しかし、バトルが白熱する後半戦ではウェンディとの確執や、ファッション・ウィークでの“靴事件”などを通して、野心溢れる一面も見せていましたね。

 

さて、そんなカーラのその後です。

 

第1シーズンを通しての結果は2位でしたが、やはり“ランウェイ効果”は大きかったようです。
プロジェクト・ランウェイ放送終了後、カーラは番組を見た投資家などの支援を受けて、2006年LAファッション・ウィークで秋コレクションを発表します。投資情報誌で、資金集めやマーケティングの必要性などについて語っているあたり、ジェイとは一味違いますね…(歳もずいぶん違いますが。出演時、ジェイは29歳、カーラは37歳)。

 

彼女のコレクションは、最低でも1,500ドル(日本円で約15万円!)はするお値段から、ブティックやインターネットなどで販売されております(ガウンやカクテルドレスなどが中心)。「今後、ハイエンドな店で販売するために、さらに資金を獲得したい」と発言しているあたり、やはりシーズン終盤での勇姿が本来の姿だったのでしょうか。

 

一方、ショウビズ界での衣装デザインのお仕事も、引き続き精力的に行っているようです。
2005年には、UPN(ユナイティッド・パラマウント・ネットワーク局。現在は、閉局)の音楽系リアリティ番組「RU The Girl」の衣装デザインを手がけています(番組の司会はTLC。優勝者はTLCのニューシングルのゲスト・ボーカル権を獲得するというもの)。また、この番組が縁で、TLCのツアー時の衣装デザインも行ったそうです。

 

以降も、UPNのヒットシリーズ「America's Next Top Model」やWB(ワーナー・ブラザーズ局。現在は閉局)のシットコムシリーズ「What I Like About You」、2008年にはMTVの「America's Best Dance Crew」などのテレビ番組で、衣装デザイナー兼スタイリストとして活躍しています。

 

クライアントは、イヴ、クィーン・ラティファ、エディ・マーフィー、リル・キム、スヌープ・ドッグ、チャカ・カーンなど、そうそうたる顔ぶれ。
ビジネス・センスもきらりと光るファースト・シーズンの準優勝者は、ホームのLAで、現在もバリバリと活躍中なのでした。

 

★カーラ・ソーンのオフィシャルサイト
http://www.karasaun.com/

2009.12.11|あのデザイナーは今?!、第1シーズン|コメント(0)トラックバック(0)

あのデザイナーは今?!【ジェイ・マキャロル編】

ジェイ・マキャロルランウェイファイナリストのその後を追いかける連載コラム「あのデザイナーは今?!」。第1回は、ファースト・シーズンの優勝者、【ジェイ・マキャロル】編です!

 

では、さっそくいってみましょう。

 

シーズン中は、意外にも(?) ファイナルまで優勝経験のなかったジェイ。2位のカーラで4回、3位のウェンディでも2回と優勝経験があるだけに、最後の最後で横取りしちゃった感がいなめず、女性陣にとってはやや悔しい結果だったかも??

 

とはいえ、ジェイのポップでカラフルなデザインは、回を重ねるごとに高評価を得ていたのもまた事実。“個性”が評価されるランウェイでは、ジェイの優勝は妥当な結果だったのでしょうか。

 

ジェイの作品

 

(ロックなものから、バナリパまで、意外と器用にこなすジェイ)

 

また、ランウェイ出演前は、“インターネットビジネスが本業で、洋服は趣味で作っていた”と発言していたジェイですが…フタを開けてみると、異業種組にしては確かな実力がチラリ。

 

それもそのはず、実は、彼は以前ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに通っており、ロンドンで最もロックな街と言われているカムデン・マーケットで服を販売していたのだそう。

NYファッション・ウィークでジェイが見せた服はこんなところからも影響を受けていたのかもしれませんね。

 

ジェイのコレクション

 

(第1シーズンの覇者、ジェイのコレクション。テーマは「音楽と若者たちとの関係」)

 

さて、そんなジェイのその後です。

 

優勝直後の活躍は、ドキュメンタリー番組「プロジェクト・ジェイ」で放送された通りですね(※1)。

番組の内容はというと…、ジェイは優勝特典であった「ELLE誌面でのデビュー」をかわきりに、さまざまなメディアに取り上げられ、華々しくセレブの仲間入りを果たします。その一方で、自身のブランドを立ち上げるために、賞金10万ドルを辞退したり、ハイジから“エミー賞で着るドレス”の制作依頼がくるも、直前でキャンセルになったり…。前途は多難だけど、今後の活躍に目が離せない!といったところで、締めくくられておりました。

 

プロジェクト・ジェイ

 

さてさて、ここからは、「プロジェクト・ジェイ」のその後です。

 

自身のブランドを立ち上げる際にニューヨークへ移り住んだジェイは、2006年9月にファッション・ウィークに再登場し、新コレクション“Transport”をお披露目します。ここまで辿るとずいぶん華やかなサクセス・ストーリーにも思えますが…

 

実際、ジェイは勝者となった後も、経済的に厳しい状況が続いたようです(何せ、優勝賞金10万ドルを辞退しているので…)。ニューヨーク紙がジェイに行ったインタビューによると、ニューヨークでは2年以上自分の部屋を持つことがなくホームレス状態で、友人達の家を泊まり歩いていたとか。

 

しかし、上記のニュースが報じられた直後、彼の友人が証言。「ジェイはホームレスじゃないよ。アッパーウエスト地区のいいマンションに住んでいて、新しいスポーツウェアブランドの立ち上げ準備中だよ」とのこと。

インタビューでの発言は、どうやら“勝者となってもファッションデザインでは食べていけない”ということを皮肉った、ジェイなりのジョークだったようです。

 

そして、2008年5月、“Transport”コレクションの制作、ショー、販売に密着したドキュメンタリー映画「Eleven Minutes(監督:Michael Selditch & Rob Tate)」がフィラデルフィア映画祭で上映されます。

 

その後は、故郷フィラデルフィアへ戻り、自身のブランド「The Colony by Jay McCarroll」を立ち上げ、オフィシャルサイトやテレビショッピング番組QVCにてTシャツなどを中心に販売している様子。最近では、オリジナルのテキスタイルデザインを手がけたり、Philadelphia University で教鞭をとっているとか。

 

以上、デザイナーというお仕事の厳しさがちょっぴり伝わってくる、“ジェイのその後”でした。

 

★ジェイ・マキャロルのオフィシャルサイト
http://www.jaymccarroll.com

 

(※1) 2006年、ジェイを始めランウェイ優勝者達のその後を描いたドキュメンタリー番組「Project Jay」がランウェイのスピンオフとしてBravo局で放送される。日本では、2007年にWOWOWで放送

2009.12.10|あのデザイナーは今?!、第1シーズン|コメント(1)トラックバック(0)